ねくおた

この世の全ての確率は50%なのかもしれない

この世の全ての確率は50%なのかもしれない

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この世の確率は全部50%である。

そんなバカげた誰かの主張を、僕が全力で援護してみます。


 

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きっかけ:誰かが2ちゃんで言ってた

参考記事
この世の全ての物事は確率50%←感情論なしで論破できる?:カオスちゃんねる
世の中の全ての確率は50%なんだって:ママ☆スタジアム
全ての確率は50%である:ネタめし.com

たびたび議論になるこの話題。

頭の良い人と悪い人がごちゃまぜになって持論を展開し、たいてい最後はカオスな感じになって終わるやつ。

もちろん、普通に考えれば全ての確率が50%なんてことはない。そもそもこんな疑問を抱く人は根本的に確率というものを誤解している。こんなことは中学生でもおかしいと分かる。納得いかない奴は、中学の勉強からやり直すべきだ……

 

……なんて思っていたが、最近考えが変わった。

現実世界においては数学におけるある前提条件がないから、これをああしてこうすれば……

全て50%なんじゃない!?

 

まつようじ
下で説明してみるぞ

 

確率が全て50%である理由

同様に確からしい

僕は一応理系の学生なので、数学用語をきちんと使って説明しようと思う。

……と言っても、細かい説明は面倒なので進研ゼミの記事を引用しておく

「同様に確からしい」の定義

1つの試行において,根元事象のどれが起こることも同じ程度に期待できるとき,これらの事象は同様に確からしいという。

進研ゼミ高校講座:【場合の数と確率】「同様に確からしい」の意味

数学の世界では、

『コインを投げて表が出る確率は1/2,出ない確率も1/2』

なんて解釈が普通になされているが、これは前提条件として、『表の出やすさ』と『裏の出やすさ』が同様に確からしいと設定されているからなのである。

表も裏も同様に確からしい。つまり、表も裏も同じくらい出やすいので片方が出る確率は半分の1/2となる、という理屈である。

これはサイコロについても同じことが言える。

数学の世界では、6面のサイコロを振った場合、

『1の目の出やすさ』
『2の目の出やすさ』
『3の目の出やすさ』
『4の目の出やすさ』
『5の目の出やすさ』
『6の目の出やすさ』

は、すべて同様に確からしいと考えられている。(前提条件として)

そして、サイコロを振ったときに1~6のいずれかの目が必ず出ると考えられるので、例えばその中で『1の目が出る確率』は、6つの可能性があって、その内のどれが起こる可能性も同じだがら『1/6』となるわけである。

数学では、サイコロを振って

『1の目が出る確率』は 1/6
『1の目以外が出る確率』は 5/6

 

同様に確からしいかは分からない

では、以上を踏まえた上で現実世界における確率について考えてみよう。

例えば先ほどの例、

『サイコロで1の目が出る確率』

これは現実世界でも 1/6 なのだろうか?

……結論から言うと、1/6ではない。なぜなら、『サイコロの目の出やすさ』は同様に確からしくないからだ。

数学の世界では前提条件として『サイコロの目の出やすさは全て等しい』という暗黙のルールが存在したが、現実ではそうはいかない。

そもそも『サイコロで1の目が出る確率』という定義自体が曖昧であるため、それがどのような形状のサイコロなのか、どのような力でサイコロを投げるのか、誰が投げるのか、などによって目の出やすさは大きく変動するだろう。

根暗boy
でも、何回もサイコロを振って統計データを取れば確率は1/6になるんじゃないの?

 

という意見もあるかもしれないがそれは違う。それはただ単に、この世にあるものは自分達人間が観測できる規則性に従っているという希望的観測に過ぎないからだ。

現実世界は人間が理解しきれるほどそう甘くはない。人類の観測できない神の見えざる力により必ず1の目が出る瞬間があるかもしれないし、天文学的確率でサイコロが地面をすり抜けることだってあるかもしれない。自分が今見ている世界が全て幻で、実は『サイコロの1しか出ない世界』が本当の世界として存在しているのかもしれないし、運命によってあらかじめ全ては定められているのかもしれない。この世界なんてそもそも存在しないのかもしれない。

現実世界における『起こりやすさ』なんて、本当のところは誰にも何も分からないのである。

根暗boy
そんなのは出鱈目だ! そんなことはありえない!

 

なんて思う人がいるかもしれないが、それならば尋ねたい。

あなたの見えている世界は本当に”本物”なのだろうか? そしてそうだと言い切れる”確信”があなたにはあるのだろうか?

 

すべての確率は50%

数学の世界での確率は、現実の世界では通用しない。数学の世界で前提条件としてある『同様に確からしい』ことが、現実でも『同様に確からしい』とは限らないからだ。

しかし僕は敢えて言おう。現実世界において、この世にある確率はすべて50%であると。

なぜか。

理由はシンプルだ。

この世にある全ての事象は、『何が起こるかさっぱり分からない』という意味で『同様に確からしい』からだ

例えば、

現実世界において、『コインの表の出るやすさ』『コインの裏ので出やすさ』どちらもさっぱり分からないという意味で同様に確からしい。したがって、『コインで表が出る確率』は50%である。

現実世界において、『サイコロの1の出やすさ』『サイコロの1以外の出やすさ』どちらもさっぱり分からないという意味で同様に確からしい。したがって、『サイコロで1が出る確率』は50%である。

(常識的に考えて『1の目が出る』よりも『1の目以外が出る』方が確率は高いと思うかもしれないが、それはあくまで常識的な考えでしかない。多くの人間が受け入れている常識が正しいという保証はどこにもないし、それを確かめる術を我々は持ち合わせていない。ただの錯覚でしかない可能性もある。超次元的力によって誤解させられている可能性もある。よって、『サイコロの1の出やすさ』と『サイコロの1以外の出やすさ』はどちらも出やすさを判定する正確な指標が何もないといえる。すなわちさっぱりわからない。すなわちどちらも全く分からないという意味では同様に確からしいといえる)

 

現実世界において、『宝くじで2億当たる確率』『宝くじで2億当たらない確率』どちらもさっぱり分からないという意味で同様に確からしい。したがって、『宝くじで2億当たる確率』は50%である。

現実世界において、『世界が今すぐ破滅する確率』と『世界が今すぐ破滅しない確率』どちらもさっぱり分からないという意味で同様に確からしい。したがって、『世界が今すぐ破滅する確率』は50%である。

現実世界において……

現実世界において……

現実世界において……

こう考えていくと、『サイコロで2が出る確率』も50%だし、『サイコロで3が出る確率』も『サイコロで4が出る確率』も『サイコロで5が出る確率』も『サイコロで6が出る確率』もすべて50%になる。

この世にある全ての事象は、『起こるか』『起こらないか』の二択に分けることができる。そして、二択に分けた選択肢はどちらもさっぱり分からないという意味で同様に確からしいので、どちらが起こる確率も50%になる。

この理屈をすべての事象に適用した場合、この世のすべての確率は最終的に50%になる。

したがって、この世のすべての確率は50%である。

まつようじ
証明終わり

 

今後、どこかで似たような議論を見つけたら、この記事のような主張を言ってみるといいだろう。

きっと50%の確率で、あなたの意見に皆が納得するはずである。

 

 


※この記事はネタです。ただの詭弁なので真に受けないでください。

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