ねくおた

好きなことを好きと言うと好きではなくなる現象

好きなことを好きと言うと好きではなくなる現象

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『好き』を他人に説明することは難しいという話。自分の中にある『好き』という感情の脆さの話。

共感してくれる人は少ないだろうけど書く。

 


 

初対面の会話でよくある「趣味はなんですか?」「好きなことはなんですか?」という質問。

この質問、僕はできるだけ答えたくない。あまり深入りして欲しくない。

そう思う理由が自分でもよく分からなかったのだが、最近何となく分かるようになってきた。

なので文字にして説明してみようかと思う。説明する必要があるのかはよく分からないけれど。

 

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好きなことを好きと言うと好きではなくなる理由

1.好きなことを好きと言うことが正しいとは限らない

「あなたは何が好き?」

と聞かれたとき、純粋に自分が好きなことを素直に答えればいい、というわけではない。最適な返答をするためにはまず、相手の質問の本当の意図を探る必要がある。

「あなたは何が好き?」

初対面でこの質問をされた場合、相手の質問の意図は次の三つの内のどれかであると推測できる。

①単純に自分の好みが気になる
②会話のきっかけを作りたい
③自分がどんな人間かを規定したい

質問をそのまま解釈すると①になるが、自分が有名人でもない限り、初対面の人間の好みなんてさほど気にならないだろう。よって、②か③の意図で質問をしてきたと解釈する方が妥当ではないだろうか。

では、②か③の意図であると仮定したとき、質問の返答として最適な答えはもちろん『本当に自分の好きなこと』ではない。『会話を広げられそうなこと』であり、なおかつ『自分の印象が下がらないこと』。この二つの条件を満たすことこそが、返答としては最適になるのである。

仮に自分がアニメ好きだったとしても、相手がアニメを好きそうでなければ、アニメが好きだと言うべきではない。

仮に自分が鉄道好きだったとしても、相手に鉄道オタクだと思われたくなければ、鉄道が好きだと言うべきではない。

こう考えると、好きなことを素直に話すことが最適な答えとなる場合は非常に限られているように感じる。

自分の好きなものが相手の守備範囲内であると想定でき、なおかつ好きなものを通して規定されるであろう自分の姿が自分の納得のいくものである場合に限り、好きなことを素直に好きということができるのである。

 

2.好きなことを好きと言う行為に伴う客観的視点

1で、そもそも好きなことを好きと言うためのハードルの高さを説明した。では、その条件さえ整えば好きなものを素直に語れるのか、と言われるとそうでもない。相手と自分の好みが一致しているときでさえ、僕は自分の好みを話すことを躊躇してしまう。

そもそも自分の中にある『好き』という感情を正確に相手に伝えられるのか。僕はそれに疑問を抱いている。

そもそも『好き』という感情は極めて主観的なものである。多くの場合、好きという感情は自分の理性とは別の思考回路から沸き起こってくるものであると僕は考える。

こうこうこうだから好き、というのではなく好きだから好きなのだ。なのでいくら自分が好きな理由を述べたところで、それはただの後付けでしかない場合が多い。

一方で、相手と情報をやり取りする会話には客観的で冷静な視点というものが求められる。どう話せば相手に伝わるか、相手と自分の価値観がどの程度一致しているか、相手と知識の差はないか。そういうことを考えながら、自分の好きという感情の理由をロジカルに説明する必要がある。というかそう説明しないと気が済まない。

したがって、自分の『好き』をより適切に表現しようとすればするほど、自分が本当に抱いている『好き』という感情からは遠いものになっていくような気がするのである。そしてそんな本質とは程遠いような好きな理由を語っているうちに、自分の中にある好きと言う感情そのものが疑わしくなっていくのである。

 

3.好きなことを好きと言うことで浮かび上がる自分という存在

『○○を好きと言っている自分の姿』

多くの人は意識しないと思うが、僕にはこれが気になってしょうがない。

はっきり言って『好きなこと』は好きだが、『好きなことを好きと語っている自分』は好きではないのだ。

好きを外に表現すればするほど、嫌いな自分と好きなこととが結びついていくような感覚がする。

好きなことに関することで嫌な思いをすれば、自分の中にある好きが嫌いで上書きされていくような感覚がする。

自分が『好きなこと』をネタにした会話に失敗すれば、『好きなこと』に接するたびにそのことを思い出して嫌な気持ちになってしまう。そして、次第に好きだったはずのものを避けるようになってしまう。なんてことが過去に何度かあった。

 

4.そもそもそんなに好きではない

そもそも好きってなんなのだろう。

人に言えるほど楽しいことなんて正直何もない。

たぶん『他人のことがどうでもいいと思えるほど好きなこと』に、僕はまだ出会えていないのだろう。

 

好きな話をするよりも

何が好きかより何が嫌いかを語り合いたい。その方が自分という存在をより正確に説明できるような気がする。そして、好きなものはたった一人で密かに楽しみたい。別に他人と共有したいとは思わない。

好きなものではなく、嫌いなものの話はいくらでも広げられる自信がある。ただ、多くの人はそんな根暗な会話を求めていない。僕自身、現実ではあまり根暗な人間とは思われたくない。だから僕は会話用の偽りの『好き』を構築し、会話ではその薄っぺらい『好き』を語るようにしている。

一方でこのブログでは、僕はあまり自分の好きなものを語らないようにしている。時々書いたりはするのだが、どうもイマイチ上手く書けない。書いたとしても自分の本心ではないような感じがする。胡散臭い感じがする。いや、嘘は書いていないのだけれど。

また、自分が本当に好きだと思っていること、嫌いになりたくないことは、ブログでも日常会話でも極力人に教えないようにしている。その隠している『好き』ですら、本当に好きなのかはよく分からないのだけれど。

 

 

あと、このブログを見に来てくれた画面の前のあなたが大好きなのだが、上記の理由から敢えて好きとは言わないでおく(ツンデレ)

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