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オタクなのに露骨な萌えが好きじゃない

オタクなのに露骨な萌えが好きじゃない

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僕はたぶんオタクです。

広く浅くですが、いろんなアニメや漫画を観ては、考察したり妄想したりしています。

しかし、そんな僕がいまいち受け入れ切れていないのが【萌え】という概念。

露骨な萌えに対する抵抗感のようなものが、ときどき生じてしまうのです。


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露骨な萌えとは

露骨な萌え。それは言い換えると、観る側にやたらと媚びているアニメのことである。

具体的な作品名は挙げないが、そういった作品はいわゆるほのぼのした日常系アニメに多い。

以下に、【露骨な萌え】として、僕が苦手な要素を列挙してみた。

  • 主な登場人物が女の子しかいない
  • お花畑のよう思考回路
  • 現実ではありえないような独特すぎる口癖
  • ド直球なエロ

こうして書き出してみると、なんだか最近の多くのアニメが当てはまるような気がしてきた。

オタク向けブログを書き始めた僕だが、実は好みのストライクゾーンがかなり狭いのだ。

 

どうして露骨な萌えが苦手なのか

上に挙げたような特徴が多いアニメがなぜ嫌いか。それはたぶん、こうしたアニメは、観る側に思考する余地を与えないからだと思う。

露骨な萌えを重視するアニメは、なんだか観ていて萌えを押し付けられているような感じがする。

例えるなら、飲み会で高いテンションを強要されるような感じだ。
もしくはライブ会場で歌手が観客を煽ってくる感じだ。

作り手は、その作品の何が楽しいのか。そのキャラが何を考えているのか。そういったことを考えさせる余裕も余地もなく、ただただ可愛いとされる要素、楽し気な要素、良さげな感じを連続して与えてくる。

そして受け手は何が楽しいか、どうして面白いかを考えないまま、何も考えずにただただ盛り上がっている。

そんな雰囲気が苦手なのだ。

「え? アニメって思考停止してブヒれるから楽しいんじゃん!」

などと言う人とは、僕は永遠に分かり合えないような気がする。
そういう人の考え方は、本質的にはリア充の考え方と近いと思う。

とにかく楽しければいい
難しいことはいらない

別にこうした考えを否定するつもりはないし、中身のないアニメを否定するつもりもない。
人々に強烈な癒しを与える露骨な萌えは、ある意味で偉大だとさえ思っている。

しかし僕はどうしても受け入れきれない。

萌えは与えられるものではなく見出すもの

こんな言葉があるが、まさにその通りだと思う。

僕は萌えさせてくれるキャラよりも、萌えられるようなキャラがいい

なんだか露骨な萌えが嫌い、というよりも
露骨な萌えしか観てない人が嫌い
の方が正しい気がしてきた。

まあ話のアクセントとしての露骨な萌えは許せる気もする。
(どっちだよ)

『露骨な萌え』の基準は曖昧

思考する余地のない萌え=露骨な萌え。

僕はそう言ったが、思考する余地があるかどうかの基準は人によって異なってくる。

例えば僕の苦手なあざと過ぎるヒロインがいたとする。

僕はそんなヒロインを観ても
「かわいいだけで何も考えてなさそう」 とか、
「なんか他のアニメで観た気がする」
くらいの感想しか持たない。

しかし同じヒロインを観て、
「ヒロインのこのセリフは○○な心理の表れ!」 とか、
「ここの部分は○○のオマージュ!」
のように、独自の意見や解釈を持つ人もいる。

この場合、僕にとっては露骨な萌えでしかなくても、他のある人にとっては露骨でない萌えになっている。

つまり、露骨な萌えが露骨なだけとは限らない のだ。

だから

「このアニメは中身がないからクソ」
「このヒロインはあざといからダメ」

と思う前に、

「中身がないのではなく、自分が中身に気が付いていないだけなのでは」
「あざとさの裏に、何か別の要素が隠されているのでは」

と考える癖はつけようと思う。

そして少しでも幅広いジャンルの作品を観て、ここで感想を書くようにしたい。

 

きまぐれで。

 


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