授業中。皆が真面目に勉強する中、わざわざ「先生、トイレ行ってきていいですか?」と言わなければならない暗黙のルール的なあれ。
高校時代に言えなかった意見を、いま声を大にして主張したい。
緊張するとうんこしたくなる
突然のカミングアウトだが、僕は『緊張するとうんこしたくなる』という異常な体質を持っている。
何やら過敏性腸症候群とか言うらしく、どうやらストレスを感じると腸が活発に動き始める仕組みになっているらしい。
大学生になった今は、かなり症状も落ち着いている。大学は授業中も好きなときにうんこに行けるからだ。
しかし、何かと縛りの多い高校時代は酷かった。
特につらかったのが高校の授業中。週に5日、朝から夕方まである授業が、僕には嫌で嫌で仕方なかった。なぜなら自由にトイレに行けないから。
自由に行けないとは言っても、授業中のトイレが禁止されているわけではなかった。「トイレ行ってきていいですか」この一言さえ言えれば、いつでもトイレに行っていい仕組みにはなっていた。
しかし気が弱く腹も弱かった僕は、その一言を発することさえ難しかったのだ。
なぜ僕が授業中に苦しんでいたのか。そしてなぜ『トイレ許可制』がクソシステムなのか。それを詳しく説明していきたいと思う。
高校の授業中
地獄の4限目
お腹弱い人間にとって、一番つらい時間が昼休み後の授業である。なぜなら食後は腸の活動が活発になるため、お腹が痛くなる確率が非常に高いからだ。
高校時代の僕は、この4限目の授業をとても恐れていた。
授業に備え、事前に何度もトイレに言ったりした。常に腸の中は空にするように心がけていた。
それなのに、事前にトイレに行ったはずなのに、昼休み終了のチャイムを聞いた途端に始まる腹痛。
授業開始のチャイムの音に、僕はとてつもない心理的圧迫を感じていた。
誤った選択
「うんこしたいんなら普通に言えよ」
多くの人間はそう思うかもしれないが、気弱なコミュ障にはかなりハードルが高い。
40人が黙々と授業を聞く教室。延々としゃべり続ける教師。そんな状況で授業をわざわざ中断させ、全生徒の注目を集めた上で、『うんこに行きたい』という意見を表明しなければならない。
絶対に無理とまではいかないが、できれば避けたい行動だろう。
だから大抵の場合、僕は授業中にトイレに行きたくなっても我慢するという選択をとっていた。
便意には波がある。もしかすると今が便意のピークで、しばらく我慢すれば収まってくるかもしれない。大丈夫だ。わざわざトイレにいく必要はない。
しかしこの楽観的思考が、後にさらなる苦難を引き起こすことになる。
そろそろやばい
授業開始から20分が経過した頃。このあたりから、段々と雲行きが怪しくなってくる。
次第に増してくるトイレに行きたいという欲求。便意は強まったり収まったりするのだが、その便意の波が次第に強まってきているように感じる。
これはヤバいかもしれない。
このレベルまでくると、さすがに僕もトイレに行こうと考える。背に腹はかえられない。漏らしてしまうくらいならば、トイレ宣言をする方がはるかにマシだ。
汗ばむ手を高く上げようとする僕。しかしここで、なぜか頭の中で最悪のシナリオが浮かんできてしまう。
ってなりそう。
最悪の展開が目に浮かび、咄嗟に声を出すことを躊躇してしまう。
デスゲーム
トイレに行くタイミングを完全に逃した僕。こうなるともう、残りの時間はもう地獄でしかない。
5分おきにやってくる猛烈な便意。トイレに行こうかと思うも、立ち上がった瞬間に漏らしてしまいそうで諦める。
そしてその数分後に訪れる突然の平穏。本当ならこのときにトイレに行くべきなのだが、なんだか我慢できそうな気がして放置してしまう。
そしてまた5分後には猛烈な便意……。これをただひたすら繰り返す。もちろん授業に全く集中できていない。
次第に溜まるストレス。そして緊張感。そしてその緊張感がさらに腸の運動を加速させ、腹痛の勢いはさらに増していく。
トイレに行くか? 行かないか?
ギリギリの状態で判断を迫られる僕。
トイレのことを考えれば考えるほどトイレに行きたくなる。声を上げるタイミングを狙う緊張感が、便意を増加させてしまうジレンマ。
神に祈り、先生を呪い、そして何度も限界を超えながらついに授業はラスト5分。
あと5分! あと300秒! あと12分の1! カップラーメンの3分の5倍!
意味のない計算をして気を紛らわせる僕。
そして……
うわああああああああ
主張
誰が悪いのか
名誉のため弁解しておくが、僕は授業中にはうんこを漏らしたことはない。
授業中に“は”うんこ“は”漏らしたことはない。
……。
……自分語りが長くなってしまったが、本題はここからだ。
トイレに行けないコミュ障の苦しみ。これについては理解して頂けたと思う。
「トイレ行ってきてもいいですか」
この一言を発するというハードルの高さ。そしてそれによって生じるトイレへの心理的距離感。さらにそこから生まれるのはトイレに自由に行けないという緊張感であり、過敏性腸症候群の人にとってはそれが便意のトリガーになってしまうのだ。
では、僕のような人間が苦しんでしまうのは何がいけないのだろうか。
気が弱い自分がいけないのだろうか?
いや違う。
腹が弱い自分がいけないのだろうか?
いや違う。
自由にトイレに行けない社会が悪い
トイレ自由化で世界は変わる
僕が悪いのではない。世の中がおかしい。
そもそもなぜトイレに行くのに許可が必要なのか。生徒を信用していないのだろうか。
「一言で済む問題じゃないか」
教師はそう言うかもしれないが、その一言が必要な社会が、一部の人間を苦しめてしまっているのだ。
全国的に見れば、授業中に漏らしてしまう人間は大勢いるようだ。吐いてしまう人も大勢いるらしい。
『うんこ 漏らした』等で検索をかけるといくらでも見つかる。
では、なぜ人は漏らしてしまうのか。
多くの原因は、『我慢してしまうこと』にあると思う。
そして『我慢してしまう』原因として『トイレ許可制』が関係していることはもはや言うまでもないだろう。
授業中でもトイレに行ける環境、無言で保健室に行ける環境。そういった環境を教師側で整えることで、多くの生徒が救われるのではないだろうか。
では、そういった環境を作るためにはどうすればいいのか。
簡単だ。授業の初めに先生がこう言えばいい。
これだけで教室の環境は大きく変わる。たぶん多くの人が救われる。そして授業中のお漏らしや嘔吐は激減する。そしてそれに伴ういじめや不登校も減少することだろう。
新たなシステムの提案
ただ、たぶんこれからも『トイレ許可制』は続くのだろう。なぜならその方が先生の都合がいいからだ。
「生徒の体調を把握することは教師の責任……」
「勝手に教室を出て問題が起きたら責任問題になる……」
などと反論されるのだろう。なんとも保身的だ。
だから僕は『トイレ許可制』の代案を提示する。
その名もトイレカードだ。
仕組みは簡単。トイレに行きたいとき、体調が悪いとき、そのカードを机に立てておくだけで自由に退席ができるシステムだ。
↑こんな感じ。
こうすることで、生徒は自由にトイレに行くことができ、教師は生徒の動きを把握することができる。
もう一つ考えた。
その名もトイレサインだ。
生徒がトイレに行きたくなったら、まずは無言のまま教室後方の扉の前まで移動する。すると、さすがに先生は立ち上がった生徒の存在に気が付くだろう。
そのタイミングで、生徒はさりげなく先生に向かってサインを送ればいい。
例えばトイレに行きたいときは『T』のマーク。
保健室に行きたいときは『H』のマーク。
↑こんな感じ。
これならコストゼロで環境を改善することができる。
この記事をご覧の先生の方、恐らくいるであろうお腹の弱い生徒のために、良ければぜひ実践してあげてください。
最後に
長々と書いたが、たぶんこれだけ主張しても世界は変わらないのだろう。ひとえに僕の力不足だ。
恐らく今後も『トイレ許可制』は続く。そしてこの世界のどこかで、今日も誰かがうんこを漏らすのだろう。
最後に本気で悩む中高生に、僕からのささやかなアドバイス。
授業中にトイレに行くことが恥ずかしく、本気で悩んでいるのなら、事前に先生に相談しておくと良いと思う。なんならこのブログを先生に読ませてもいい。
相手がまともな先生であれば、きっとあなたに特例措置をとってくれるはずだ。自由にトイレに行けるようになるかもしれない。
あと過敏性腸症候群は、病院に行くと薬がもらえたりする。治せる可能性もあるらしい。
とにかく一人で悩んでいる状態はあまり良くない。まずは誰かに相談するようにしよう。
僕は本気で願っている。誰もが自由にうんこできる快適な社会の実現を。
コメント
本当にそう思います
自分は今小の方で苦しんでいます
共感して頂けてうれしいです。
人のこと言えませんが、我慢のしすぎには注意してください……
あれ地獄ですよね(^。^;)
行きたくなるかもしれない不安からまた腹痛が…
つらかったー!
ほんと、なんとかならないんですかねぇ
先生の立場から。
先生はその授業中は生徒のことを責任もって預からなければならず、どこにいるかを把握してなければなりません。
何も言わずに出ていかれたら他の先生に連絡を取って学校中を探し、それでもいない場合は地域も探します。
ですので許可制にしている意味もあります。
もちろんサインがあるのは良いと思います。
コメントありがとうございます。まさか先生の方からコメントを貰えるとは。
確かに先生からすれば、生徒に無言で出て行かれるのは心配かもしれませんね。
サインでなくても、せめて先生には授業を気楽に受けられる雰囲気作りをしていただけたらなあと思います。
(いるかもしれない僕みたいな生徒の代弁として)
わ〜授業中の戦いとかもう本当に一緒です
まず昼休みに20分くらいトイレに籠るにもかかわらず、トイレから出ると便意、な気がするだけなのかもしれない。トイレ行ったから大丈夫って自分に言い聞かせて向かう戦場。授業中も戦いで、結局は大丈夫なんだけどその戦いがもはやトラウマになって、の繰り返し。
この先生は問題解く時間が多いからその時にこっそり手を挙げて行けば大丈夫、この先生はずっと喋り続けるからトイレに行けないっていうのもありました(苦笑)
共感のコメント嬉しいです。
同じ悩みを持つ人がいたことを、もっと早く知りたかった……
自分も今、授業中でトイレにこもってます笑笑
幸い自分は先生に気楽にトイレ行きたいですと言えるから今こもれてます。でもそれ以外のことは本当に共感します。自分も一時期過敏性腸症候群が原因で不登校になりました。今は楽しく登校できてます。あなたのような声を上げてくださる方に感謝します。
匿名さんコメントありがとうございます。
自分の声なんて全然小さいですが、誰かの気持ちが少しでも軽くなっていれば嬉しいです。
完全に同意、日本中の教員連中に読ませたい。
この記事のおかげで少しだけ気持ちが楽になった気がします。ありがとうございます。
嬉しいです。無理なさらずに……
このような記事を探していました。自分は大小どちらにも悩まされていまして…。授業はまだ我慢できるのですが朝会とか集会とかあると本当にキツイ。でもあなた様のように同じような経験をしている方がいることに救われました。ありがとうございます。
こちらこそ、読んでくれてありがとうございます。集会とかが辛いのもわかります……。
ものすごく共感しました。波があって、平穏になると我慢できそうって思うけど、5分後くらいにはまた腹痛との身体的、そして精神的な戦い。小学生の時には言わずに行ってもいいよと言われたが、中、高校生になってから許可制になって、さらに精神的に追い詰められて腹痛が起こってしまうと言う悪循環。どうにかして欲しいですよね。