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ねくおた誕生記(9)部活と挫折と

ねくおた誕生記(9)部活と挫折と

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高2~高3の話。

カラオケとボウリングで失敗した僕は、居場所を求めて部活の練習に打ち込むようになる……


前々回記事:ねくおた誕生記(7)ボウリングが下手過ぎて高校デビュー失敗
前回記事:ねくおた誕生記(8)カラオケが下手以前の問題

 

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長距離という運動音痴最後の選択肢

高校に入ってから、僕は部活として陸上部に所属していた。

専門種目は長距離。普段の練習は、走る。走る。とにかく走りまくる。1日10km以上は普通に走る。文武両道な校風だったこともあり、部活は割とハードだった。

長距離選手として練習をしていると、よく周りの人間からこんなことを聞かれることがあった。

サッカー部
なんで長距離なんてやってんの? どMなの?

 

走っているだけで何が楽しいの?

まあ、陸上部以外の人間からすれば当然の疑問だろう。

そんなとき、僕は決まってこんな感じで返答していた。

まつようじ
じゃあお前は何で生きてんの? ……はっきり答えられないでしょ? 走るのもそれと一緒なんだよ
サッカー部
……(?)

みたいな。

俺は哲学的な深いところで陸上と向き合っているんだよ。ワーワー球蹴ってるのとは深みが違うのだよ。

みたいな。

 

……

 

しかし正直な所、

陸上なんて全然楽しくねえ

と思っていた。

 

はっきり言って自分は消去法で陸上部を選んでいた。

帰宅部はなんかカッコ悪い。友達も作りたいし部活はやっておきたい。だけど文化部はムリだ。音痴だし不器用だし向いてない。研究系はなんか暗いから嫌だ。せっかくなら活発で明るい高校生活を送りたい。ならばやはり運動部だろう。しかし自分は絶望的なまでの運動音痴だ。ボールを女子よりも遠くに投げられないほど肩は弱く、転んで顔面を強打するくらい反射神経がなく、どんくさい。おまけにメンタルは弱いし体は細いし目も悪い。長所と言えば忍耐力くらいなものだ。ならばもう残っているのは単純に『走る』くらいしかない。幸い体力は人並みにあるから、なんとか練習にはついていけるだろう。

くらいの考えで長距離を選択していた。

そして、半分嫌々ながらも練習をただ漠然とこなしていた。

高1の初めの頃までは。

 

自分には部活しかない

しかし、高校生活を過ごす中で自分の考えが変わり始める。

高1の春のボウリングスコア34事件。高1の夏の裸でカラオケ事件。自分だけテンション上げられない問題。どのタイミングで話せばいいか分からない問題……。

活発なクラスメイトと過ごしていく内に、徐々に自分は彼らとは違う種類の人間であることに気が付き始めた。

はっきり言って、一緒に遊んでいて全く楽しくないのである。

それと並行して、僕は勉強に関しても居心地の悪さを感じていた。

自分のいる高校はそこそこの進学校。中学時代は勉強で敵なしだった僕だが、徐々に自分の学力が全然大したことないと気付くようになっていた。

異常に難しい問題。その割に意外と高い平均点。自分はクラス内で中の下くらいの成績で停滞していた。基本的には平均点以下。勉強には自信があった自分からすれば受け入れ難い状況だった。

遊びもダメ。勉強もダメ。

となると僕には、部活を頑張ることでしか自分に自信を持てないようになっていた。

積極的に自主練をするようになり、それを口実に遊びの誘いを断るようになった。

部活を頑張っていれば成績が悪くても言い訳になる。そんな計算も自分の中ではあった。

いつしか自分の中で走ることとは、不都合なことから目を背けるための手段となっていた。

 

成果と挫折

友人と遊びたくなくて走り、成績が悪い口実で走り、苦しくても何か途中で止まるのはダサいから走る。

しかし走る動機が何であれ、努力を継続していれば成果が勝手に付いてくるのが長距離の良いところである。僕はどんどんと自己ベストを更新させ、陸上部と名乗っても恥ずかしくない程度には速く長く走れるように成長していた。

未経験で陸上部に入り、ぶっちぎりで足が遅かった僕。しかし1~2年で、部内で真ん中くらいのポジションには居られるようになった。

体育のマラソン授業では、野球部やサッカー部相手に無双した。生まれて初めてスポーツで勝利を味わった瞬間だった。練習への姿勢が評価されてか、顧問やチームメイトからも信頼されるようになった。後輩もでき、徐々にチームを引っ張っていく存在になりつつあった。

ここに来てようやく、僕は走る楽しさを知った。ようやく純粋に部活を楽しめるようになった。

 

そして高校3年生になった。

いよいよ高校生活の集大成のとき。夏には個人での引退試合。秋にはチームでの駅伝が控えている。受験があるため秋の駅伝に出るかはまだ決めていなかったが、ぎりぎりメンバーに入れそうな実力ではいた。個人戦では地区予選の出場枠を後輩から死守することに成功していた。

最後の勝負に向け、より一層練習に力が入っていた。

 

そんな時だった。

まつようじ
痛っ

 

練習中に感じる鈍痛。

走るほどに痛みは増していった。

そして、練習後の尿はなぜかワインレッドだった。

まつようじ
なんだこれ……

 

走り過ぎたからか?

最初はそれくらいに考え、めんどくさいので放置していた。

しかし、この現象は走るたびに繰り返し起こるのであった。鈍痛と尿の赤さは走れば走るほど増していった。

そして、次第に自分の思うように走れなくなっていった。なぜか体力が落ちた。そして痛い。

さすがにまずいと思った僕は、慌てて病院へと駆け込んだ。

 

その結果……

 

医者
あー、これは腎臓に石があるねぇ。腎臓が腫れてるし、しばらく走らない方がいいんじゃないかなあ……
まつようじ

 

個人戦引退試合10日前のことだった。

 

 

つづく

タグ:ねくおた誕生記

画像:© 日常

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