人は精神的に追い込まれると、叶いもしない一発逆転を狙い始める。
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意識高い浪人生
受験した大学に全て落ち、半強制的に浪人生になった僕。
1週間の入院も無事に終わり、僕は一足遅れて駿〇予備校に入学した。
入学してしばらくたった6月ごろ。僕は生活習慣の改善を徹底し、完璧な意識高い系浪人生へと変貌していた。
優秀な人間に囲まれ、自分も頭が良いと勘違いして失敗した高校時代。
僕はそのときの反省から、センスに頼らない地道な努力と冷静な自己分析こそが、受験で成功する唯一の道だと確信していた。
浪人時代の僕が意識していたことはこんなこと↓である。
1.明確な志望校設定と、そこに合格するために必要な最低限の学力の分析
2.入試までに解く問題集の選別とスケジュールの設定
3.スキマ時間の活用
4.人間関係の遮断
5.適度な息抜き
6.モチベーションの維持
と、こんな感じで毎日を過ごしていた。恐らく1日8~9時間は勉強していたと思う。
スケジュール破綻
しかし、意識の高い浪人生活はそう長く続かなかった。
6月、7月と月日が経過するごとに、次第にスケジュール通りに勉強が進まなくなってきた。
模試の結果が悪かったことや、予想外の二度目の入院が主な原因である。
一度スケジュールが崩れたことでモチベーションはどんどん下がり、徐々に勉強をサボって違うことをすることが多くなった。
そんなある日、僕はネット上である暇つぶしサイトを見つけてしまった。
である。
小説家になろうとは、一般の人が自分の書いた小説を自由に投稿したり読んだりすることが出来るサイトである。ある時期から流行り出した異世界転生や俺tueee系作品はこのサイトから生まれたものが多く、ラノベ作家の登竜門のような存在のサイトだ。
勉強へのやる気をなくし、部屋に籠ってだらだらネットサーフィンをしていた僕は、なんとなくこのサイトを見つけてしまった。
そして『素人が書いた小説』というものになぜが興味を持ち、適当にいくつかの作品を読んでみたのだった。
……その感想としては、
くそつまらなかった
薄っぺらい文章、
スマホユーザに配慮したやたら多い改行、
ありきたりでひねりのない設定、
うっすらと透けて見える作者のトラウマと願望、
記号化された女の子とやたら超人な主人公……
異世界に転生した俺が最強でハーレムに!!!!
ゲームの世界に閉じ込められた俺がチート技を駆使ししてモテモテに!!!!
設定的に惹かれる作品もあったのだが、どの作品もあまりに稚拙で読んでいてこちらが恥ずかしくなった。
ランキング上位の作品にはちゃんとしていそうな作品があったものの、面白い確証がないまま読み続けるのはしんどかったので挫折。というか人気作品はどれも何百話とか何十万文字とかあったので読む気が失せた。結局、どの作品も最後まで完読出来なかった。
そう思ってサイトを離れようとしたそのとき、僕はサイトの端にある小さな宣伝を見つけてしまった。
WEB小説新人賞 賞金100万円
これを見た瞬間、脳にものすごい衝撃が走った。
第二志望、小説家
僕はかなり混乱した。そしてしばらく考えた。
そしてなんとなくこう思った。
これ俺でもいけんじゃねえのか?
自分でもなぜそう思ったのかわからない。しかし、思ってしまったのだからどうしようもない。
この瞬間から自分の中で勉強へのモチベーションが完全に消え去り、『小説家になる』という新たな希望に珍しくテンションが上がっている自分がいた。
受験の天王山と言われる夏休み
今の模試の判定はC判定。
予備校では、夏休みが勝負を分けると散々言われている。
そして、他の浪人生は皆必死に勉強している……。
しかし僕は、敢えてこの夏休みを全て、小説家になるための努力に費やすことに決めた。
滑り止めは少しでも多い方がいい。もし仮に第一志望に落ちても、小説家になれば言い訳はつく。無駄になった予備校の授業料は賞金の100万円で返せばいい。
なんていう謎理論が、自分の中でどんどんと構築されていった。
こうして僕の、意識高い小説家志望生活がスタートした。
1.明確なレーベル設定と、そこに受賞するために必要な最低限の文章力の分析
2.応募までに必要な文字数の把握とスケジュールの設定
3.スキマ時間の活用
4.人間関係の遮断
5.適度な息抜き
6.モチベーションの維持
そして夏が終わる
夏休み最終日。僕はラノベ新人賞に作品を投稿した。
ジャンルはSF。近未来的な世界観と緻密な伏線、ラストのどんでん返しが売りの作品に仕上がった(つもりだった)。
正直作品が完成した瞬間、僕は本気で自分のことを天才だと思った。
書いている間、とにかくアイデアが止まらなかった。1日3000文字書くノルマもきちんとこなし、最後の推敲も抜かりなく行った。
初めてなので新人賞は無理かもしれないが、3次選考くらいまでは進むだろう……なんてことを考えたりしていた。
……。
……しかし数日後。
僕は突然我に返った。
なんだこのゴミの塊は。
急に恥ずかしさがこみ上げる。
冷静になって見返した自分の作品。それはもうあまりにも稚拙な文章の羅列だった。ゴミからゴミを紡いでゴミを生成しているような文章だった。
どうして自分はこんなゴミを書いて自信満々だったんだろう。自分はこんなごみを作るために何時間無駄にしたんだろう。
夏休みが終わった今さらになってこみ上げる後悔。そしてあまりの恥ずかしさに、僕は床を転がり回りしばらく自分の頭を殴り続けた。
しかしいくら後悔しても、失った時間は戻ってこない。
僕は白目を向きながら、受験勉強を再開した。
最終結果
なんやかんやで第一志望の大学に合格した。最低点+5点という奇跡だった。
一方でラノベ新人賞だが、
一次選考で落選した
選考者からのコメントすら届かなかった。
こうして、僕の小説家になる夢はあっさりと終わった。
つづく
<追記>
恐らく浪人時代の僕は、精神的に追い込み過ぎたせいで正常な判断を失っていたのだと思う。
『ラノベ作家』『小説家』という曖昧な目標に挑むことで、なんとか自分のメンタルを保っていたのだった。いわばただの現実逃避である。当時は全く自覚がなかったのだけれど。
恐らく何でも話せる親しい友人が一人でもいればこんなことにはならなかったのだろう。浪人をぼっちで乗り越えるデメリットは視野がせまくなりがちなところにあると思う。別に一人でも受験は攻略できるが、自分が間違った方向に進んでいないか、定期的に冷静に振り返ることが大切だと思う。
今思えば、『小説家になろう』に投稿されている小説は、自分の書いた小説に比べれば数千倍よくできていた。アニメ化まで成功させた作品も複数あるわけだし、当時の自分の目がいかに節穴だったかが思い知らされる。今では考えを改め、この世にある全ての作品と作者を尊敬している。一見すると稚拙に思えるような作品にも、そこには作者の見えない努力と技術と計算が隠されているのだ。
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画像:© NHKにようこそ
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