テンションを上げられない根暗が充実した生活を送る方法

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生まれつきテンションが低い。人とガヤガヤ盛り上がることに楽しさを見いだせず、何となく生きづらい。

そんな生粋の根暗が本気で考えた、テンションが低くても充実した生活を送る方法を紹介します。


 

根暗とパリピの違い

自分のような根暗と、いわゆる『パリピ』と呼ばれる人間たち。そもそもこの2種類の人間の違いは何なのか。

観察して比較してみると見た目から価値観まで何もかも違うのだが、この2つを分類する上で明確に区別できる要素を僕は見つけた。

それは、『テンションの上限値』だ。

テンションを高く上げられる人間が『パリピ』、テンションを高く上げられない人間を『根暗』というように個人的には定義している。(あくまで個人的に)

次の図を見て欲しい。

これは僕が主観と感覚で測定した、一般的な根暗のテンション推移を適当に可視化したものである。

ご存知の通り、根暗はテンションを上手く上げることが出来ない。根暗のテンションはMAX30にも届かず、結果として充実感(※)は25という低い数値にとどまっている。

※「なんか今充実してるなあ、楽しいなあ」という感覚を筆者が雰囲気で数値化したもの

一方、同様の方法でパリピのテンション推移を表すとこうなる。

根暗と違い、パリピは上げられるテンションの上限値が高い。

ただパーリーに参加するだけで、パリピのテンションは初期状態である0から、平均して約90くらいまで上昇させることが出来るのだ。

テンション90がどれくらいかと言うと、犬であれば興奮して嬉ションするレベルである。もしかしたらパリピも失禁しているのかもしれない。当然、それだけ興奮出来るのだから得られる充実感も非常に高く、容易に根暗の数倍の数値をたたき出すことが可能なのである。

 

テンションを簡単に上げられるのがパリピ。ただ騒ぐだけで高い充実感を得られるのがパリピ。

根暗からすれば、人前で理性を捨て刹那的な快楽を求めるパリピに軽蔑の眼差しを向けたくなったりもするだろう。あいつらバカなんじゃないかと。しかしパリピはというと、ただ『人生を充実させる』という目的のために最も簡単で合理的な手段を選択しているだけなのである。パリピからすれば、むしろ社会の隅っこでウジウジと捻くれて生きている根暗の方がバカに見えるのだろう。

 

ポイントはテンションの差分

話を本題に戻す。

パリピとは違い、テンションを上げられない根暗は、ただ目先の快楽を求めるだけでは充実感を得難い。

根暗がパリピの真似事をしてもリア充にはなれないのである。そもそもそれが出来ないから根暗なのである。

ではどうすればいいか。

根暗とパリピの違い。そしてパリピが充実感を得るメカニズムを考察しているとき、僕はあることに気が付いた。

まつようじ
あれ、充実感ってテンションの最大値でなく上昇量によって決まるのかも……

そう、

充実感 ≠ テンションのMAX値

充実感 = テンションのMAX値 - テンションのMIN値

なのである。(たぶん)

以前、僕は訳あってシャレオツなクラブに参加したことがあった。(全然楽しくなかった)

そこではテンションアゲアゲな音楽が爆音で流れていたのだが、時折音楽のテンポが落ち、比較的ゆったりした時間が流れる瞬間があった。

漫画『とんかつDJアゲ太郎』で得た知識なのだが、こうしたテンションを敢えて下げて落ち着かせるテクニックを『チルアウト』というらしい。

パリピはただテンションが髙ければいいというのではなく、パーリーの中でテンションの上げ下げを繰り返すことにより充実感を得ているのではないか、とこのとき僕は感じた。

よくよく考えてみれば、パリピ女子が言ってそうなセリフ、

テンションマジ上がるー。サイコー

これも、僕の主張の裏付けとなっている。

彼女は『テンションが上がること=サイコー』であると主張している。テンションが高い状態で維持されることではなく、テンションが上昇することによって高い差分の値を得られることが最高だと言っているのだ。

充実感とはテンションの高さではなく差分で得られる

これは僕の中では革命的な発見であった。

この法則を、僕はテンション量差分の法則と名付けた。

 

根暗×テンション量差分の法則

再び話を本題に戻す。

根暗が人生を充実させるにはどうすればいいのか、という問題だったが、先ほど示した『テンション量差分の法則』を応用すれば、容易に解は求まってしまう。

解はこうだ。下の図を見て欲しい。

テンションが上がらないなら、敢えて一度マイナスまで下げればいい

上の図は、『残業で疲れた根暗が、週末に溜めこんだ深夜アニメを一気見しているときのテンション推移』である。

最初の図と同様、根暗である被験者は、MAXテンションが30にも到達していない。

しかし驚くべきことに、平日の度重なる残業により、彼のテンションは最低でマイナス95まで到達している。これは犬で例えるとストレスで下痢をしているレベルだ。

この場合、充実度はどう計算できるかというと、テンション量差分の法則の法則により、

25 ー (-95) = 120

となる。

なんと、パーリーをするパリピよりも高い数値になるのだ。

テンションの上昇量だけでいえば、パリピの言う『テン上げ』の状態と変わらないのである。

すなわち、彼の人生は充実していると言えるのである。

 

根暗として生まれた宿命

敢えてテンションを下げればいい。

そう考えると、意外と充実感を得ることは根暗でも簡単なように思えてくる。

思い返してみれば、自分のテンションが下がり切って苦しいときは、意外と充実感を同時に得ていたことが多かったかもしれない。

・受験勉強で追い込みまくった反動で少しサボってするゲーム
・いろいろ上手くいかずにもがいていたときに現実逃避で観たアニメ
・ただ息をするだけで気分がいい限界まで走り込んだ後

逆に言えば、自分にとって嫌なこと、しなければならないことから逃れ、楽な方へと逃れているとき、自分の人生は意外と味気なく感じられた。

・何もしなくていい大学の夏休み
・ただの暇つぶしで観たアニメや本
・ストレスもないが目的もない引きこもり生活

根暗というものは面倒くさい生き物だ。

パリピのようにただ快楽を求めても、根暗はなぜか充実感を得ることができない。ひねくれた感性が虚しさを生み、テンションを上げるのを妨げてしまう。

敢えて苦しんで苦しんで、追い込んで追い込んで、その途中でほっと一息ついて初めて、人並みの充実感を得ることが出来る。それが根暗として生まれてきたものの宿命なのかもしれない(※)。

※追い込み過ぎ、苦しみ過ぎには注意すべきだと思う。追い込んでテンションを下げたとしても、その後元に戻せなければ意味がない。鬱展開の作品を見るとか、誰かに暴言を吐いてもらうとか、気軽に楽してテンションを下げる裏技はいろいろありそう。それも行き過ぎると、もはや根暗ではない何かになりそうではあるけど……。あと、根暗とうつ病は違うので勘違いしないように。一応この記事は、サボりがちな根暗(自分)が頑張るための言い訳作りとして書いている。

 

しかし、どうせ苦しむのなら自分にとってプラスのことのために苦しみたいものだ。

自分の成長のために苦しみ、そして苦しむ過程でときおり回復して充実感を得る。これが理想形のような気がする。

なので僕は今後の新しい目標として、根暗だけど人生が充実した人間を『ねく充』と名付けることにした。

自分はこれまで世間一般で言われている『リア充』像を目標とし、散々失敗を繰り返してきた。これからは、根暗である自分の性格に合わせて最適化された理想像をとりあえず目指していこうと思う。

敢えて苦しむことで充実感を得る。

今回結論に達したこの『ねく充』が果たして本当に最適解なのかは分からないが、とりあえずしばらくの間頑張って生きるだけの理由にはなりそうな気がする。

冒頭で『テンションが低くても充実した生活を送る方法を紹介します』と書いたけれど、特に他人にオススメする気はない。

 

コメント

  1. 楽しい時ほど、悲しい気持ちになる感じ、わかってくれませんか?(唐突)

  2. 非常に感銘を受けた。僕は長年どうも人と楽しむ能力が違うと思っていたのだが、どうも、解決策は見つからない。そこでこのブログと出会った。テンション量差分の法則に長年の疑問の霧が晴れた気がした。僕もねく充出来そうだ。

  3. >>なかしょーさん
    今の楽しい瞬間が終わってしまうのが悲しい……ってことですかね。だとしたら羨ましい。

    >>根暗二浪生さん
    一緒にねく充目指しましょう!

  4. いつもブログを拝見させてもらってます。毎回、私かよこれって思うことばかりで、しかも読んでいて楽しいのがすごいなと思っています。ねく充することで充実感を得れると分かりスッキリした反面、やっぱりパリピのが世の中楽に生きれそうな気もしてきました、、でも来世があったとしてもパリピにはなりたくないなと思ったり…

    • 世の中はパリピを中心に回っているので、やっぱり根暗は根暗であるだけでどう生きても損してるよなあと思います。自分もパリピになりたいとは思いませんが、来世は根暗とパリピの中間くらいのほどよくテンションを上げ下げ出来る人間になりたいです。

  5. テンションのレベルを犬で表現してるのが面白いですね。
    表現力があって、例えも上手くて、文字だけで笑っちゃいました。

  6. テレビのアイドルにも、アニメのキャラクターにも、学校の勉強にもいまいち熱意を注げなく、唯一の趣味だったゲームも就活での鬱をきっかけに辞めてしまいました。

    何かに打ち込んでる人を見て、心のどこかで冷めた眼差しを向ける反面、人生が充実していそうで羨ましい気持ちがありました。
    また、その視線は自分にも向けてしまい、楽しんでるはずの時も心のどこかで冷めた自分がいました。

    なので、このブログを読んで非常に共感できました。

    最近、自分の成長(知識を増やす、自分ができることを増やす)や人の役に立つことが人生の満足度を高めるのかなと今更ながら気付きました。
    自分も色んなことをやってみて、いわゆるパリピやオタクと呼ばれるような人たちと同じような充実感が得られたらいいなと思ってます。

    • >>匿名さん
      コメントありがとうございます。考え方が僕と同じですね。
      お互い、冷めた性格を成長へのモチベーションに変えていきましょう。

  7. 基本パリピ人間な私ですが、
    ただ今テンションだだ下がりで
    このブログに辿り着きました。

    充実感の方程式、納得しました!!
    今下がっている自分を受け止めようと思えました、ありがとうございます(*^^*)